「自分」

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少しの間、アディクト的なことをしなくなると

 

アディクトであることをすぐに忘れる

 

使っていないことの真実が見えなくなり

 

何が優先なのかも見失う

 

1年でも、2年でも

例え10年でも、20年でも

 

下手くそな部分は下手くそなままだし

 

不器用なところは、不器用なまま

 

それでもいいんだ、ありのまま

と、思える心が少し大きくなっていく

 

けれど、容量が大きくなるのではなく

 

下の受け皿がたくさん出来てくる

 

仲間だったり

家族だったり

友達だったり

パートナーだったり

 

 

夢だったり

希望だったり

目標だったり

 

喜び、楽しさ、笑顔、愛

 

受けてくれる暖かさや、フィーリングは重なって重なって大きな層になって

 

または、木の年輪のように

 

幾重にも重なって

わたしの周りを取り囲んで大きくなる

 

わたしが一人で背負いきれないものは

 

受け皿であって

年輪である

 

その人や、その喜びと一緒に

受け取って、受け入れていく

 

だから

根っ子は

アディクトは変わらず

 

真実は、クリーンであること

使っていない今は、とても素晴らしい1日

 

その真実をいとも簡単に忘れて、受け皿も年輪も無かったことのようにしてしまうのは

 

アディクトの病の部分で

本当は・・・自分が使っていないことは奇跡で

それは自分だけの力ではないことは知っているけど

 

アディクト的なことをしなくなると、その感謝を忘れてしまう

それも、使っていないわたしの真実

 

自分には二つの側面があって

「アディクト」と、「アディクトの自分を忘れない」自分

 

使っていない自分を褒めれる自分か

使っていないのは、もぅ当たり前と思う自分か

 

使わないでいられるのは、周りに支えられているからと感謝を伝えれる自分か

使わないでいれているのは、自分だけで頑張ったからと思ってしまう自分か

 

どちらの自分でも、きっと自分

 

病も、真実も、信じることも

弱点も、個性も

 

「両方認めていられる自分」

「全部、正直に話せる自分」

 

遠回りしても、時間差でも「気づける自分」を続けていきたい。

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