「プラン」

l201209280800

 

自分の計画をたてたことがないのに

思い通りにならないと

腹をたてて

イライラして

不機嫌

 

本当は全然間に合うことを理由に

「アレが出来なくなるかも」

「時間に間に合わなくなるかも」

とか

人に対しても

「あのとき、伝えたのに」

「言ったのに」

と、無駄なエネルギーを使って

毎日、イライラ。

 

どうして?

なんで?

 

の言葉は

問いかけじゃなく、攻める言葉になり

 

自分自身にも

なんなの?

どうしてなの?

 

こんなはずじゃないのに!

と、言葉で虐待。

 

世界は自分中心でしょうか?

家族はわたし中心でしょうか?

仲間はわたし中心に動いてくれますか?

 

わたし中心という

自己中心のエネルギーで

外に向けたら

その外部には、たくさんの人います。

 

そのエネルギーは、倍の力になって、返ってくるような気がします。

 

その力を

自分中心のわたしが、一人で

受け止めれるはずはありません。

 

逃げたくなります。

例え、言語でなくても

妄想という、わたしが作り上げた世界観で、もっともっと逃げたくなります。

 

・・・逃げるように

アディクションを使っていました。

 

 

自分中心なのに

わたしの人生を生きれない。

 

ひかれたようなレールも嫌で

けれども自分で決める自信もない。

 

死んじゃいたいな。

など、とりあえず言ってみるものの、それはお芝居のようで。

 

本当はどうしたいのかな?

 

 

・・・助かる方法はあるのに。

 

 

こんなの、気持ち悪い。

この感覚、くすぐったい。

 

どこで、何を感じてる?

いつも、感じてることを置いといて

「これは、何?」と、頭で考えていないかな?

 

体のどこで、怒りを感じるかな?

どこで、悲しさ、苦しさ、もどかしさ。

 

そして、体のどこで

喜び、楽しさ、嬉しさ。

感じるかな?

 

表面よりも

なんでも中身が大事。

 

大切なのは、自分の心。

 

本当は不安で

寂しくて

一人ではどうにもならいということを

助けて欲しいと言うように

まずは、自分の心に素直に。

 

内側から外側に向かう力ほど

自分の人生を輝かせる

有効なエネルギーは他に無いはずです。

 

それが、神さまの計画。

神さま、中心。

 

自己中心に生きていることは

自由を手にすることを拒んでしまっていること。

 

わたしが世界の中心ではないけれど

 

わたしの人生は、わたしが中心。

 

フラワーガーデン