「欠片」-かけらー

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どこか自分は欠けていて

何かで埋めようとしてきたのが無くなったら

自分よりも「何か出来る人」を

「凄いな」と、思うよりも

「大嫌い」と、思って

・・・そして、自分のことも「大嫌い」と思うようになっていた。

 

「大嫌い」と、思えば思うほど

自分の「出来ること」は、段々と、遠くなっていく。

 

「大嫌い」と、人のことを思えば思うほど

その人は、遠くなっていく。

 

欠けているかもしれないけれど、埋めようとしてきたのもは

「酔う」ことや、「感じない」ようにするもの。

 

酔いが醒めたら、感情が押し寄せてきて、「欠片」が浮き彫りになってきて

凄く恥ずかしくて、なんとか埋めようとしても

「出来なくて・・・」。

 

ピッタリと嵌る、破片は簡単には見つからなくて

実は、破片は「無い」も同然。

 

闇雲に探しまくっても、見えないものは見えない。

無いものは、無い。

 

暗闇をずーっと見つめているようなもの。

 

その間に、自分が「出来ること」「得意なこと」に

感謝出来なくなっていく・・・・。

 

暗闇に希望の光・・・。

それは―

 

「自分の出来ること」「得意なこと」「好きなこと」「楽しめること」

「やりたいこと」「やりたかったこと」。

 

欠片を埋める・探すことよりも、まずは

「欠けてしまっている自分」を許していこう。

 

欠片がある同士だから、支えあって、助け合って、愛し合っていける。

その破片で、相手を刺すのではなくて、破片同士がぶつかって

ちょっと角が丸くなったら、自分に刺さることも無くなる。

 

ぶつかって、形を変えて、変化して

探すことよりも、自然に、ありのままに

欠片が埋まっていくこともある。

 

あたらしい自分の形。

 

出来ることは、誰でもある。

得意なことは、きっとある。

好きなことは、何だろう?

楽しめること、一緒にやろう。

やりたいこと、やってみよう。

やりたかったことに、チャレンジしよう。

 

欠片なんて気にしない。

気になるときは、刺さってしまうとき。

 

痛くて、悲しくて、寂しくなるけど

それはそれで、「欠けた部分も自分の大切な一部」。

 

だから、無くさないで。

宝物みたいに、キラキラした欠片。

 

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