「OFF」

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心は、体の3メートル先にあって、追いつかない

 

体が「今」なのか

心が「今」なのか・・・

 

きっとどちらも本当の「今」

 

選択肢は二つ。

無理しないで頑張るか

少しゆっくりする努力をするか

 

今なら

少しゆっくりする「努力」をしてみる

 

一生懸命なのは、とてもいいこと。

 

でも、執着しない生き方を選んで、人間らしくなってきたら

人間らしく、体は疲れる

 

身体からのSOS

 

聞こえない振りをしているのは簡単で

その聞こえない・聞かない振りが過去の生き方

 

頑張ることは、わたしにとったら「無理」をすること

 

だって

「頑張って」と言われて

腹をずっと立てていたのだもん・・・・

 

「わたしは、頑張ってるよ・・・」と。

「そう見えないの?」・・・

 

だから必死で、誰かに言われたからと、頑張る

怒っていても、堪えて、隠して、蓋をして頑張る

誰の人生を生きてきたかな?

 

誰の為に怒って頑張ってきたのだろう・・・

自分の為だったら、きっとこんなに怒って頑張らなかった。

 

「少しゆっくりする努力」は、努力しないと出来ないもの。

たくさんの言い訳。

 

忙しい・時間が無い・空いている日が無い。

 

アディクションを使うときの「言い訳」と一緒だった。

 

誰かに「認められたい」から、憎んで、怒って頑張っても

認めてもらえないから恨む。

 

「頑張れって言ったでしょ?だから頑張ってきて・・・

・・・・でも、本当は、疲れていたんだよね。」

 

生きていることで、何が大切だろう?

 

美味しくご飯が食べれること

暖かい布団でゆっくり眠れること

毎日お風呂に入れること

 

安全なものは、準備されていても、わざわざ自ら「言い訳」をして

追い込んで・・・怒ってる。

 

怒っていれば

こんなご飯食べたくない

眠る時間は勿体無い

お風呂に入るのは面倒くさい

 

感謝さえ、出来なくなる。

 

 

当たり前が、当たり前に出来ないのが、わたしなんだ。

その

当たり前に

「当たり前ってなに?」と、反発するのもわたし自身。

 

身体のSOS。

 

疲れたら、休むように、神様は私たちを作った。

 

休む努力。

自分の体の声を聞く姿勢・意識。

 

自分を大切にしていく、自分の人生を生きる一歩。

 

頑張るは、決して悪い言葉ではないけれど

まずは、その「頑張って」の言葉を素直に受け入れられるように

「少しゆっくりする努力」も必要。

 

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