「いのち」

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わたしにとって

お母さんは

 

わたしの頭の中の

お母さん像でなければならなくて

 

わたしにとって

友達は

 

わたしの頭の中の

友達像でなければならなくて

 

わたしにとって

弟は

 

わたしの頭の中の

弟像でなければならなくて

 

 

 

その、わたしの頭の中でのイメージと

違った言葉が返ってくると

 

とても、怒った

 

悲しかった

傷付いた

 

勝手に

 

 

ただ、淋しかっただけなのに

 

 

わたしは

周りには「こう見えていなければならない」

と、思っていて

 

淋しいとか

泣くとか

 

甘えるとかをすることは

わたしの頭の中では禁止だった

 

だから

 

淋しいと言う友達を見て

泣いているお母さんを見て

甘える弟を見て

 

勝手に、悔しかった

 

 

心の底から

 

 

・・・いいな

と、感じていた。

 

 

弱味じゃないのにね

 

淋しいのも

涙するのも

甘えるのも

 

本当の気持ちなのに

 

誰かの気持ちも、行動も言動と

その人のものなのに

 

どうして、それを認められないのかな?

 

 

わたしが、わたしの

気持ちも、行動も、言動も

・・・嘘で表現しているからなのに。

 

 

周りに言われている

 

わたしは、わたしの頭の中の

わたしではなくて

 

わたしが、見せたくない

わたしにしか、見えていない

 

それなのに

見えている、わたしが

見せたくない部分を隠していることに

 

みんな心配していた

 

 

 

わたしが、わたしに優しくなくて

わたしは、周りに優しくなくて

 

誰かを、コントロールしたくて

 

なにを、そんなに恐いのかな

 

 

その人の個性は

わたしとの、繋がりを

無くすように、感じてしまっていたんだね

 

 

色んな個性があって

その人の、信念があって

 

その人の、人生のストーリーがあって

 

だから、生きていくのは

面白いんじゃないかな

 

 

たしかに

わたしは、生きてる

 

けど、今を活動的に

活きてる?

 

 

この瞬間は

活き活きと新鮮なもの

 

誰も、鮮度を落とそうとしていない

 

一秒まえの、わたしには、戻れない

 

過去も

相手も

 

コントロールは出来ない

 

淋しいのも

泣くのも

甘えるのも

 

鮮度が命

 

 

今を活き活き

生きるのは

 

 

命なんだね

 

フラワーガーデン 春