「回復に必要な痛み」

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キズついてきたけれど

キズつけてしまったほうが多いんだ・・・

と、決めつけていて

けれど、自分は被害者のまま。

 

「家族が嫌なの」

「学校が嫌なの」

「友達が嫌なの」

「仲間が嫌なの」

 

周りが、社会が、世界が、宇宙が・・・

「みんな嫌なの」

 

わたしは、キズつけるだけの加害者だから

「こんなわたし」を、誰も愛してはくれないんだ。

 

神様にも、わたしは嫌われているんじゃないかなと、思ってる。

 

・・・でもさ

キズつくのが、嫌なのは、きっと、痛みを知っているから。

 

過去に

どこかで負ったキズが

まだ、全然カサブタにもなっていない状態で、ずーっとずーっと、

消毒もしないで放置中。

 

人との繋がりという「空気」に触れると

 

少し痛い。

 

・・・あぁ、もうやだ。

 

キズついたとき、痛いよ・・・って、泣いたかな?

 

キズついたとき、助けて・・・って、言えなかった。

 

キズついたとき

「もぅキズつきたくない」から

痛みを「無かったこと」にして

感覚は麻痺。

 

アディクションで、麻痺させてしまう。

 

けど

痛みは、時々顔を出してきて、少しの痛みでも、恐くて恐くて

 

「出てこないで!」と、周りのせい。

 

誰が、心の奥底で、泣いているのかな?

 

キズは、心の奥底で、どうなっているのかな?

 

人との繋がりという「空気」は、

痛みは伴うけれども・・・

カサブタは出来てくるんじゃないかな?

 

繋がりの空気は

暖かければ、暖かいほど

最初はとても痛くて

すぐに麻痺させようとしてしまう。

 

 

本当にキズつけてばかりいたから

 

キズを隠さなきゃいけないのかな?

 

隠したキズに、麻痺させている間も、気付かないうちに、大きい痛みが、どんどん上乗せされている。

 

 

きっと

 

「開いた」ら、暖かい空気に、たくさんさらされて

涙で、消毒して・・・

 

 

ハグして、カラッと笑えたら

 

カサブタになって、強くなった。

 

自分のキズも、強くなって

時々、顔を出しても

 

「大丈夫だよ」

「一人じゃないよ」

「みんなが、いるよ」

 

カサブタが、強くなったら

人との繋がりが、強くなって

 

カサブタが、剥がれたとき

 

新しい生き方

新しい価値観

 

新しい自分になっていました。

 

 

 

回復は、痛みを伴います。

 

けれど、その痛みは、安全な痛み。

 

わたしたちが、アディクションを使って麻痺させてきた、心の奥の痛みを、表側に出すのはとても大変なことです。

 

 

素直になる。

 

話してみる。

 

痛みに、名前をつけてあげる。

 

そして、それを大切に抱き締めてあげる。

 

一人じゃなく、始めは一緒に。

 

 

受け止める、受け入れるには、仲間が必要。

 

自分を癒すのは、自分だけれど

必ず、仲間が一緒にいます。

 

その痛みと共に

新しい生き方と

新しい価値観と

 

新しい自分で。

 

フラワーガーデン

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